
目次ひらく(全9章)
猫のイカ耳は、ただの「怒りのサイン」ではありません。耳を横〜後ろに倒すこの動きは、国際的な動物福祉の痛み評価スケールにも正式に組み込まれている、体の状態と気持ちの両方を映す複合的なサインです。愛猫の耳がぺたんと横に伏せているのを見て、「怒らせちゃったかな」と心配になったことはありませんか。SNSでは「かわいいイカ耳」として拡散される一方、実はこの耳の動き、動物福祉の研究では猫の痛みを見抜く正式な評価項目のひとつとして扱われています。「かわいい」で終わらせると、見落としてはいけないサインを逃すことにもなりかねません。
Flowens Cat では関東7・中部3の全国10拠点で、現在9品種の子猫を継続飼育しています。この記事では、学術論文で確かめられていることを軸に、イカ耳の意味と、耳の形(CFAの品種標準の記述)から見た品種ごとの見え方の違いまでを解説します。
猫のイカ耳とは?——由来と基本の形
イカ耳とは、猫が耳を横〜後ろに倒し、イカのヒレ(エンペラ)のようなシルエットになった状態を指す俗称です。
正式な動物行動学の専門用語ではなく日本で広まった呼び名ですが、海外の文献でも「flattened ears(伏せた耳)」といった似た表現で同様の動きが扱われます。来客時・動物病院・遊びに夢中なとき・撫でられすぎたときなど、さまざまな場面で見られる、猫の表情の中でも特に変化がわかりやすいサインです。基本の形自体はここでは深追いせず、「なぜイカ耳が単なる感情表現以上の意味を持つのか」という本題に進みます。
イカ耳は「感情のサイン」だけじゃない——動物福祉科学が痛みの指標として正式採用

イカ耳を含む耳の位置は、猫の痛みを客観的に評価する国際的なスケール「Feline Grimace Scale(猫グリマススケール)」の構成要素として、学術的に検証・採用されています。
カナダ・モントリオール大学のEvangelista氏らの研究チームは2019年、猫の表情から痛みの強さを読み取る評価法「Feline Grimace Scale(FGS)」を開発し、科学誌『Scientific Reports』で発表しました。FGSは以下の5つの表情パーツ(Action Unit)をそれぞれ0〜2点でスコア化する仕組みです。
| Action Unit(評価パーツ) | 内容 |
|---|---|
| 耳の位置 | 正面向き〜横倒し〜完全に伏せた状態までの角度 |
| 眼窩の緊張 | 目の周りの筋肉の緊張度・目の細め方 |
| 口吻の緊張 | マズル(鼻先〜口周り)の張り |
| ひげの変化 | ひげの向き・張り出し方 |
| 頭部姿勢 | 頭の位置・高さ |
日本語のイカ耳解説記事は「警戒」「怒り」「かわいい」という感情の枠組みだけで語られがちですが、実際には動物福祉の現場で「体の状態を映す客観的な手がかり」としても扱われている動きです。もちろんFlowens Catは痛みの診断を行う立場にはありませんが、この背景を知っておくことで「かわいいだけの仕草」として見過ごさない視点を持てるはずです。耳の形によって、角度の変化の見えやすさは変わります。たとえばノルウェージャンフォレストキャットやサイベリアンのように耳が中〜大きめの品種は変化が目に入りやすく、耳が小さいエキゾチックショートヘアは角度の変化が小さく見えます(耳の大きさはCFAの品種標準の記述によります。詳しくは後の章で整理します)。
耳だけで気持ちを決めつけない——目・ひげ・尻尾との複合判断

耳の位置だけを見て「怒っている」「警戒している」と断定するのは、動物行動学的には不正確です。感情は複数の顔のパーツが連動して表れます。
イギリス・リンカーン大学とオーストラリア・クイーンズランド大学の研究チームによるBennett, Gourkow & Millsの2017年の研究では、猫の表情記述システム「CatFACS(Cat Facial Action Coding System)」を用いて、保護施設で暮らす猫29頭の表情を分析しました。その結果、恐怖を感じている猫はまばたきや視線の動きが増え、不満を感じている猫は威嚇のしぐさや鼻をなめる動作を伴うなど、感情状態ごとに複数の顔のパーツが連動して変化することが報告されています(Bennett et al., 2017, *Behavioural Processes* 141:342-350)。
つまり、イカ耳だけを切り取って「怒っている」と決めつけるのではなく、次のようなサインと組み合わせて総合的に読むことが大切です。
- 瞳孔の大きさ:極端に開いている、または細くなっている
- ひげの向き:前に張り出している(興味・警戒)/後ろに寝ている(不安・防御)
- 尻尾の動き:バタバタと激しく振る(興奮・苛立ち)/体に巻きつける(緊張・防御)
- 姿勢:体を低くして丸めている(警戒・恐怖)/リラックスして横になっている(安心)
イカ耳+瞳孔が開く+尻尾を激しく振るなら不満や警戒の可能性が高く、イカ耳+目を細める+喉を鳴らすなら撫でられすぎて少し疲れてきた程度のことが多いです。眠りに落ちる直前など深くリラックスしているときにも耳が自然に少し寝ることがあり、必ずしもネガティブな感情とは限りません。どの品種でも、耳の形によらず、耳だけでなく顔全体と体の動きを組み合わせて見ることが基本です。耳は「気持ちを読むための入り口」であって、それだけで結論を出すパーツではありません。
イカ耳とヒコーキ耳、何が違う?——表で見分ける

イカ耳は耳が後方〜下方向に伏せる動きで持続時間が比較的長く、ヒコーキ耳は左右に横倒しになって開く動きで一時的なことが多い、という違いがあります。
「イカ耳」と混同されやすい呼び名に「ヒコーキ耳」があります。どちらも俗称ですが、見分ける実用的な目安として次のように整理できます。
| 項目 | イカ耳 | ヒコーキ耳 |
|---|---|---|
| 耳の方向 | 後方〜下方向にぺたんと伏せる | 左右横方向に開いて回転する |
| 見た目のイメージ | イカのヒレ(エンペラ)のように寝る | 飛行機の翼のように左右に張り出す |
| よく出る場面 | 警戒・不満・興奮・診察・痛みなど幅広い場面 | 物音への反応・軽い驚き・音源を探るときなど |
| 持続時間の傾向 | 場面によって数秒〜数分続くことがある | 一瞬〜数秒で正面向きに戻ることが多い |
| 他のサインとの組み合わせ | 瞳孔・尻尾・姿勢とセットで強い感情を示すことが多い | 単独で一瞬だけ出て、すぐ通常の表情に戻ることが多い |
耳の形から見る、品種ごとの「イカ耳の見え方」

耳の大きさ・形・飾り毛の量によって、イカ耳の「見えやすさ」は変わります。
ここでは、猫の血統登録団体であるCFA(Cat Fanciers' Association)が公開している品種標準の「耳」の記述をもとに、Flowens Catが取り扱う品種の耳の形を整理します。ただし、品種ごとにイカ耳がどのくらいの頻度で出るのか、どのくらい見分けやすいのかを比べた公表データは確認できませんでした。ここで言えるのは、「耳の形から考えると、こう見えやすい」という範囲までです。「この品種はイカ耳をよくする(しない)」とは言えません。
耳が中〜大きめで、飾り毛が多い品種
- ノルウェージャンフォレストキャット:CFAの品種標準では、耳は中くらいから大きめ(原文:Medium to large)で、先端が丸く、付け根が広く、頭の横と上に同じくらいの割合で付いています。耳には飾り毛がたっぷりあり(原文:heavily furnished)、耳先の飾り毛(リンクスチップ)は望ましいものの必須ではない、とされています(CFA「Norwegian Forest Cat」)。耳が中〜大きめなので、耳が伏せたときのシルエットの変化は目に入りやすい形です。
- サイベリアン:CFAの品種標準では、耳は中くらいから大きめ(原文:Medium-large)で、丸みがあり、付け根が広く、わずかに前に傾いています。耳の真ん中あたりから飾り毛が長くなり、耳の付け根を覆うとされています(CFA「Siberian」)。ノルウェージャンフォレストキャットと同じく耳は中〜大きめで、向きが変わったときの変化は目に入りやすい形です。
耳が中くらいの大きさで、先端が丸い品種
- ラグドール:CFAの品種標準では、耳は中くらいの大きさ(原文:Medium-sized)で、左右に離れて付き(原文:Wide set)、付け根が広く先端が丸く、前に傾いています(CFA「Ragdoll」)。
- ラガマフィン:CFAの品種標準では、耳は中くらいの大きさ(原文:Medium in size)で、頭の横と上に同じくらいの割合で付き、わずかに前に傾いています。耳には丸みがあり、飾り毛はほどほど(原文:moderate furnishings)とされています(CFA「RagaMuffin」)。
- アメリカンショートヘア:CFAの品種標準では、耳は中くらいの大きさ(原文:Medium size)で、先端がわずかに丸く、付け根が開きすぎていません(CFA「American Shorthair」)。
- ブリティッシュショートヘア:CFAの品種標準では、耳は中くらいの大きさ(原文:Medium in size)で、付け根が広く先端が丸く、左右に離れて付いています(CFA「British Shorthair」)。小耳ではなく、先端の丸い耳です。
この4品種は、耳の大きさだけでは見え方の違いを説明しにくいグループです。耳の動きだけで判断せず、前章で紹介した目・ひげ・尻尾も合わせて見ることが大切です。
耳が小さい品種
- エキゾチックショートヘア:CFAの品種標準では、耳は小さく(原文:Small)先端が丸く、前に傾いていて、頭の低い位置に左右離れて付いています(CFA「Exotic」)。耳が小さく、頭の低い位置に付いているため、耳の角度の変化は小さく見えやすい形です。耳だけでなく、顔全体の緊張や目の細め方も合わせて見るのがおすすめです。
耳の形を確認できていない品種
耳が小さい子や、耳が頭の低い位置に付いている子、毛に埋もれて見える子では、「うちの子はイカ耳をしないタイプなのかも」と感じることがあるかもしれません。耳が見えにくいときほど、前章で紹介した目・ひげ・尻尾の動きも合わせて見ることが役に立ちます。
緊張しやすい場面で見られるイカ耳——健康診断・キャリー移動・新入り猫との対面

体を触られるとき、キャリーで移動するとき、見知らぬ相手と顔を合わせるときなど、緊張や警戒を感じやすい場面では、イカ耳が見られることがあります。
次のような場面では、耳の動きだけでなく、そのときの状況もあわせて見ると、気持ちを読み取りやすくなります。
健康診断や、耳をチェックされるとき——耳道の状態を確認するために耳を軽く持ち上げられると、その瞬間だけイカ耳になる猫がいます。確認が終わってすぐ元の表情に戻るなら、「嫌だけど我慢している」という一時的な不快感の表現と考えられます。耳が小さいエキゾチックショートヘアのような品種では耳の変化が小さく見えるので、耳だけでなく目の細め方や体のこわばりも合わせて見てください。イカ耳が続くときは、耳の中の赤み・におい・分泌物も見て、気になる場合は動物病院に相談しましょう。「一時的な感情表現としてのイカ耳」と「常に片耳が下がったままの状態」を区別して見ておくことが大切です。
キャリーで移動するとき——キャリーでの移動中は、慣れない振動・音・匂いに警戒して、イカ耳になる猫がいます。新しい環境に慣れるまでの期間には個体差があり、「何日で落ち着く」と言える公表データは確認できていません。焦らず、猫のペースに合わせて見守ってあげてください。
新しい猫を迎え入れるとき——すでに猫がいるご家庭に新しい猫を迎える際、お互いが様子を探り合う間は、警戒からイカ耳になることがあります。唸る・飛びかかるなどの他の警戒サインを伴っているときは、無理に近づけず、距離を置いて様子を見てください。
SNSでは「かわいいイカ耳動画」として広まりがちですが、イカ耳は「猫が今どんな状態にあるか」を教えてくれる、とても実用的なサインでもあります。
それ、本当に感情表現?——耳疾患との見分け方と受診の目安

一時的なイカ耳は感情表現ですが、片耳(または両耳)が長期間下がったままの場合は、耳の病気が隠れている可能性があります。感情表現との誤認は避けたいポイントです。
外耳炎・耳ダニ(耳疥癬)・耳血腫などの耳のトラブルは、痛みや違和感から片耳を下げ続ける状態を引き起こすことがあります。これを「この子はいつもイカ耳気味」と誤解すると、受診のタイミングを逃す恐れがあります。次のポイントに当てはまる場合は感情表現の範囲を超えている可能性があるため注意してください。耳が小さいエキゾチックショートヘアのような品種では耳の角度の変化が小さく見えるため、日頃から耳の様子を意識して見ておくと変化に気づきやすくなります。
- 左右非対称が持続している:片耳だけがずっと下がったまま、数時間〜数日たっても戻らない
- 耳から嫌なにおいがする:耳垢の量が多い、茶色〜黒っぽい分泌物がある
- 頻繁に耳を掻く・頭を振る:後ろ足で耳を執拗に掻いている、首を傾けたまま生活している
- 触られるのを痛がる:耳周りに触れると鳴く、逃げる、攻撃的になる
- 耳が腫れている・熱を持っている:耳介全体がぷっくりと膨らんで見える(耳血腫のサイン)
こうした様子が見られる場合は、「いつものイカ耳」として様子見をせず、早めに動物病院を受診することをおすすめします。Flowens Catでは血液検査などの詳細な検査までは行っていないため、耳の病気そのものの診断はかかりつけ獣医師にご相談いただく形になりますが、健康管理についての基本的な考え方はこちらのページでもご紹介しています。
よくある質問
Q. 猫のイカ耳は片方だけでもなりますか? A. はい、片耳だけイカ耳になることは珍しくありません。音や刺激の方向が片側に偏っている場合や、片方だけ何かに気を取られている場合によく見られます。ただし片耳だけの状態が数日以上続く場合は、感情表現ではなく耳の病気の可能性も考えられるため、上記の受診目安を参考にしてください。
Q. イカ耳とヒコーキ耳の違いを一言でいうと? A. イカ耳は耳が後方〜下方向にぺたんと伏せる動き、ヒコーキ耳は耳が左右横方向に開いて回転する動きです。どちらも厳密な境界線がある呼び名ではなく、実際にはグラデーションでつながっています。名前を当てることよりも、目・ひげ・尻尾など他のサインと合わせて総合的に様子を見ることが大切です。
Q. イカ耳のときに触っても大丈夫ですか? A. 場面によります。診察や毛づくろいなど一時的な我慢のイカ耳であれば、無理のない範囲で優しく触れても問題ないことが多いです。ただし瞳孔が開く・唸る・尻尾を激しく振るなど他の警戒サインを伴っている場合は、無理に触らずそっと距離を置くほうが安全です。
Q. イカ耳になりやすい・見つけやすい品種はありますか? A. 品種ごとのイカ耳の頻度を比べた公表データは確認できなかったため、「この品種はなりやすい」とは言えません。耳の形からは、「見つけやすさ」に違いがありそうです。CFAの品種標準では、ノルウェージャンフォレストキャットとサイベリアンの耳は中くらいから大きめ、エキゾチックショートヘアの耳は小さいと書かれています。耳が大きめだと向きの変化が目に入りやすく、小さいと見えにくいことがあるので、耳が見えにくい子では目・ひげ・尻尾も合わせて見てください。
Q. お迎えした子猫がイカ耳ばかりします。いつ落ち着きますか? A. 慣れるまでの期間には個体差があり、「何日で落ち着く」と言える公表データは確認できていません。新しい環境や人に慣れて安心できるようになれば、緊張から来るイカ耳は減っていくと考えられます。焦らず、猫のペースに合わせて見守ってあげてください。ただし、片耳だけが下がったままの状態が続く、食欲がない、耳に触れられるのを嫌がるといった様子があれば、耳や体調の問題が隠れていることもあるため、動物病院を受診してください。
まとめ
猫のイカ耳は「怒っている」「警戒している」という単純な感情表現だけでなく、Feline Grimace Scaleという国際的な痛み評価スケールの正式な構成要素として、動物福祉科学の分野でも真剣に扱われている耳の動きです。耳の位置だけで判断せず、目・ひげ・尻尾など他のサインと組み合わせて読み取ること、そして長期間続く片耳の下がりは耳の病気のサインである可能性を頭の片隅に置いておくことが、愛猫を正しく理解する近道です。
CFAの品種標準を見ると、ノルウェージャンフォレストキャットやサイベリアンは耳が中くらいから大きめ、エキゾチックショートヘアは小さいなど、耳の形には品種ごとの違いがあります。耳の形によって、イカ耳の見えやすさも変わります。愛猫の耳の形に合わせて、日頃から表情全体を観察する習慣をつけてみてください。
行動学シリーズとして、頭突きの意味・ふみふみの意味・しっぽの意味・鳴き声の意味・ゴロゴロの意味もあわせてお読みください。
※ 記事内の画像はイメージです。実際にお迎えいただける子猫の写真は子猫一覧でご覧いただけます。








